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私の地元は大阪ですが、新卒で採用された自動車工場が愛知県だったので愛知に移りました。

しかし、3年くらい働いたものの名古屋という土地になじめず、地元の友達と会えないことを不憫に思い、工場を退職して大阪に戻りました。

それからは地元で求人チラシなどを見ながら仕事をさがしていました。

ある日、公共職業安定所を出て帰ろうかとしたときにひとりの男が話しかけてきました。

「そこの男前のお兄さんっ!ちょっといいですか?」

声をかけてきた男は30代前半のガタイのいい男でした。

私はその男が仕事の紹介をしたいと言うので近くの喫茶店で話を聞きました。

その男の招待

実はその男は建築業を営んでおり、ちょうど育てていた職人が独立したということで若い子を探していたようです。

そこに元気そうな私を見て声をかけてきたのです。当時の私はやんちゃなタイプで見た目でもわかるような感じです。

身体も大きい方で高校時代までスポーツをしており、体力も自信がありました。その後、帰宅し翌日からその男の会社で働くことになりました。

仕事初日、京都の現場ということで朝の早い時間にその男の家に行きました。私の家からその男の家まで約2キロくらいの距離で近場にありました。

他に誰か職人さんたちがいるのかと思いましたが誰もいませんでした。これを見て、やや不安になりました。

その後、工事に必要な部材を乗せた上で二人で京都の現場に車で向かいました。

徐々に正体が露呈する

仕事初日から三日目くらいまでは優しい感じで良かったのですが、次第に男の態度が変わっていきました。

仕事内容は非常にきつく、体力に自信があった私ですがさすがに続けられるか不安になってきました。

特に一番きつかったのが50㎏くらいある動力電源を毎日ひとりで運んでいたことです。特に現場の階段の上げ下げが一番きつかったです。

仕事中、しんどそうな表情を見せるとその男(以後、親方)に激怒されました。

あまりに声が大きいので違う会社の職人さんもびっくりしてこっちを見てきます。しかも声だけではなく、次第に暴力を受けるようになりました。

退職の意思を伝える

働きだして二週間目で私は耐えられなくなり、退職の意向を親方に伝えました。

すると親方はもう一回がんばれ、お前には立派な職人になれる人間性が備わっている。居酒屋に誘われて引き留められました。

私も仕方なく折れた気持ちをもう一度、復活させようと頑張りました。それに少しだけ親方が優しくなったのが嬉しかったです。

ただその優しさは二、三日が限度。この期間を過ぎるといつものように怒声をあびせられるようになりました。

だんだん暴力もエスカレートしていき、ヘルメットの上からですが材料を研磨する電動工具で殴り続けられたり、物を投げつけられたりしました、

そのストレスで働き始めてから1か月で体重が10㎏減りました。嫌気がさしてきて私は次第に逃げることを考えるようになりました。

給料はまさかの手取り一桁

そんなこんなで1ヶ月勤め上げて給料日が来ました。その日には、親方から手渡しで給料をもらいました。

しかし給料の額を見て私は愕然としました。なんと25日出勤で給料が10万円。

しかもここから国民保険など支払うと給料が一桁です。

こんな給料では生活なんかやっていけません。だって前職で働いていた工場では手取りでも14万~16万はありましたので。

この給与でこの仕打ちは耐えられないと思い、私は親方がいない隙に現場から逃げました。そして自宅に戻ったのですが、翌朝には親方が車で家にきました。

退職を拒否される

私は恐怖を感じましたが玄関を出て親方に退職の意思を伝えました。

親方は凄い形相で私に「お前、契約してる仕事に穴開けたらどないなるかわかってるんか?着替えて車に乗れや!」と怒声を浴びせられました。

母親も家におり、心配をかけたくなかったので着替えて車に乗りました。そしてその車中で親方が激怒し、20発ほど頭や右頬を殴られました。

抵抗しようがなかったので、現場に行き仕事をしました。私の精神はその時、もう崩壊していました。

その頃、地元の仲がいい友達と遊んだりしていましたが遊んでいても楽しくありませんし、友達に相談もしました。

友達にアドバイスをもらいましたが結果、高跳びするしか方法がないことが分かり、遠い場所に逃げようと決めました。

親方が乗り込んでくる

そして私は全財産2万5千円を持ってまずは母方の名古屋の親戚の家に行きました。

しかし、事情を説明したのですが親戚には伝わらず1週間で大阪に返されました。

大阪に戻り、自宅の鍵を全て施錠し恐怖に震えながら家にいました。

大阪に帰ったその日の夕方ごろ、玄関のドアをガチャガチャする音が聞こえました。2階から外を恐る恐る見ると親方の後ろ姿が見えました。

その時、背筋がぞっとしました。その日の夜、親方から家に電話があり、母親がでました。

すると親方は私の母親に対して怒声を浴びせていました。

母親も怖がっており、もうこうなったら最後の手段ということで包丁を服の内側に隠して親方の家に行くことにしました。

やるかやられるか

親方の家に行く数分間ですが色々なことを考えました。

人を殺しに行くときはこんな感じなんかなとか殺す前に殺されるかもわからないなとか、いろいろなことが頭をよぎりました。

親方の家に行き、私が謝罪をしたところ、車で話しをしようと言うことにで車に乗りました。

車の中では殴られることはありませんでしたが、罵りや罵倒が雨あられの様に飛んできました。完全に修羅場でした。

親方が極道の人だとわかる

その時に親方の経歴を教えてもらいました。なんと親方のお父さんは極道でした。

小さいころに親方が姉をいじめていたところをお父さんに見られ、畑などを耕す桑で手の甲を突き抜かれたことがあるようです。

そんな話を聞く内遭で、突然「おい!車のダッシュボードの中に何入れてるかわかっとんのか?」と言ってきました。

私は「分かりません」と言いましたが、拳銃だと思ったので服の内側に隠していた包丁を触っていました。

率直な話、脅しなのか嘘なのか分かりませんが結局ダッシュボードの物は出しませんでした。そこで私も服の内側に隠していた包丁を触るのをやめました。

親方はもう「お前なんかいらん」と言い残し自宅に戻っていきました。

その時、精神状態が嘘のように回復した気がしました。

ついに解放される

翌日、親方から電話がありました。一瞬、ドキッとしましたが次の仕事がんばれよという電話でした。

その時、やっとこのブラック企業から抜け出せたんだという解放感と安堵感がありました。

私の経験になりますが、裏社会とのかかわりがある人の元で働くと常に身の危険と隣り合わせになるので、絶対に避けることをおすすめします。

現在28歳の現役のサラリーマン(3社目)

日本最難関の私立大学を卒業しながらも新卒の就職活動に失敗してブラック企業に入社。

尋常ではないパワハラの被害に遭い、体を壊して1年弱で退社して無職に。職歴のブランクあり、スキル無し、コネなしという状況で就職先が見つからず、スキルを身に付けるべくベンチャー企業(実態はスーパーブラック企業)にアルバイトとして入社。

2社目のベンチャー企業という異名を持つブラック企業はパワハラはないものの、激務・薄給(時給換算で500円以下)と典型的なブラック企業でしたが、その会社でWEBマーケティングの技術を学び、その経験から現在の会社(非ブラックな中小企業)に引き抜かれました。

今の会社は以前のブラック企業と比べると激務ではなくプライベートに充てる時間が出来たため、過去の自分のようにブラック企業と関わったがために心身がボロボロになる人が一人でも減ることのお手伝いが出来ればと思い、当ブログの運営を決意。

自身の経験からブラック企業の実態、転職活動のコツ、無職並びにフリーターの就職活動周りに非常に精通しているので、こういった内容のコンテンツを随時配信していきます。なお、自身の過去の経験から労務問題には興味を持ち、隙間時間で社労士の資格勉強にも着手中。

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