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ブラック企業でよく行われるお決まりの慣例として「激務」と「パワハラ」があります。さすがにこの2つがダブルパンチで来ると誰でも心と体がボロボロになります。

もしかしたら今のあなたもブラック企業特有の長時間労働とダメな上司からのパワハラで苦しめられているかもしれません。

これらを我慢すると本当に大変なことになります。

どれくらい大変なことになるのかについてご理解頂くために今回のページでは激務である上にパワハラが野放しにされている介護業界に新卒で入社した管理人の知人のエピソードをご紹介します。

新人を育てる文化がない

私は新卒で4月に特別養護老人ホームに就職しました。職員100名以上、入所者140名と少し規模は大きめのところです。

この時には新人で資格を持っていても未経験なことが多く学びながら頑張っていこう、更には上の資格も目指したいと希望がいっぱいでした。

経験はなかったけど、希望がある。それは新人の特権なのかもしれませんが、その希望はOJTトレーナーの心無い言葉で消え去りました。

実は私が入社した特別養護老人ホームでは新人を育てるという文化がありませんでした。現に私が入社した時も最初はOJTが5回つくから安心していいよと言われましたが、実際にOJTが付いたのは2回でした。

研修が少ないので、手に負えないことが多々あり、私が仕事をしている最中にテレビを見ていた先輩に仕事を教えてほしいと頼みました。その結果返ってきた言葉は。「こんなことも1人でできないなんて本当に大卒なの?」という心無い一語。

こんなことを言われてしまい、すっかり落ち込んでしまいました。

この頃はまだ、「言われた分だけ見返してやろう」と意気込んでいましたが、これから紹介する職員の集団離職による職場の激務化で損な気持ちも失せました。

集団離職で職場が崩壊

うちの職場での賞与は年2回、6月と12月でした。その為6月の時点で退職願を出している人が多く、7月にはごっそりと人がやめていきました。

この時にはまた新しい人が入ってくるから、人員は変わらないでしょなどと楽観的に考えていましたが、それは完全に外れました。

事実、7月に辞めていった人が多すぎて人員の補充が出来ず、残された人達の業務量は倍近くにまで膨れ上がりました。

シフトを組むのはリーダーの仕事でしたが、初めてのリーダーでシフトを組むのもままならないことがあり、平気で6連勤などと無茶なシフトを組まれることもありました。

このことにはメンバーみんなで反対し、シフトの組み直し要求でなんとか6連勤を免れるも、人手のない中での仕事は毎日2時間程度の残業を強要されました。

月3日の休みに13連勤

私の職場の夜勤は明けの日を公休とされる為、次の日に7時から出勤の早番が来ることがいつもでした。

その為、前日の21時から翌朝の7時まで夜勤をし、1人で20人を回し切ることが出来なかった場合にはさらに残業がありましたので、帰宅は日が高くなったお昼ごろ。

そこから寝てしまったらまた次の日は朝が早いので起きられないと思い眠気を我慢しながら家事をして何とか眠気を覚ますように努力していました。

ちなみにこの月の残業時間はなんと120時間を超えておりました。しかも残業代については全く出ません。

こんな生活をしていると自律神経系がおかしくなり、下痢や嘔吐が続くことから病院で血液検査を受けたところ、衝撃の事実が発覚しました。

それはなんと、血液の状態が非常に悪く、最悪の場合、心筋梗塞や脳梗塞など即死のリスクがある病気になる恐れがあると言われました。

そんなことを言われても休んでしまったらただでさえ人手もいないのに迷惑をかけてしまうから無理だと言いましたが、医者はせめて通院して下さいと言い少し頭を抱えていました。

もうこの時点で自分は感覚が麻痺してしまっていたのでしょう。

ついに体に限界が来る

私には恋人がおり、毎晩その人に電話で「もう仕事を辞めたい、たまに死にたくなる」と相談をしながら眠っていました。そんな中ある日はあまりの疲れで電話を切り忘れたまま眠っていたようです。

次の日、「今日も仕事か嫌だな~」と思っていたところ、何故か隣には恋人がいました。

そして「今日はもう仕事を休んで」と言われて涙が止まらず職場へ電話したところ運よく休みが認められました。そこで何があったのかを聞くと私は夜中仕事に行きたくない、死ねば行かなくて済むと言っていたそうです。

私はそんなこと言った覚えもなく無意識でその言葉を口にしまったくらいにもうこの時点で精神的に追い込まれるようになっていました。

さらに別の日、また朝起きると涙が止まらず足が震え立ち起き上がることが出来なくなり、また休むことになりました。

精神がついに限界に

12月に入ると毎朝泣きながら起きるようになりました。そして病院へ行き精神安定剤を処方してもらうようになりました。

日々の楽しみは食べることだけ。それも時間はないからとりあえずカロリーの高そうなメロンパンを歩きながら食べ、お風呂に入りながらまた食べるという生活になり、身体はどんどんボロボロになりました。

お風呂上がりに久しぶりに体重を測ると入社当時から6キロ落ちており、毎日メロンパン5個は食べているのに体重が落ちる。どうしてなんだろと毎日疑問に思っていましたが、既に原因すら理解できないほど思考力は落ちました。

母との電話で退職を決意

体がボロボロでそんなある日出勤中、母親から「元気?」とメッセージが入りました。その瞬間電車の中だということも忘れ声を出して泣いてしまいました。

ひとまず電車を降り母親と電話していると「もう仕事できる状態じゃないから上の人に連絡しなさい」といわれその日も休んでしまいました。

母親との電話を終えたあと急な吐き気に襲われトイレから出られず、手足も震え身動きが取れなくなりました。

なんとかもう一度母親に連絡を取り迎えに来てもらい、その日に仕事を退職したいと職場へ連絡しました。

その連絡後も上司から「午後からなら出勤できますか?」とメッセージが届いていましたがそれに返事する余裕はもうありませんでした。どうしようもなかったので、バックレという形で会社を辞めました。

退職後も襲うブラック企業の恐怖

退職もそれまで受けていた先輩からの暴言、上司からの理不尽な指示、さらに大卒であることによる同僚からのやっかみの言葉を思い出し、鬱病になりました。

その後も仕事を辞めてしまった自分を責め、受けてきたパワハラを思い出し泣いて自殺未遂を繰り返す。このようにして私は心に傷をおってしまい、現在の私は就労が極めて困難な状態になっています。

もしこの文章を読んで、現在パワハラに悩んでいる、労働時間が原因で少しでも体調を崩されている方がいらっしゃったら本当に自分はこのまま続けてしまって大丈夫なのか振り返って頂きたいです。

私のような状態になってしまうと回復はかなり遅くなります。元気ならまた別の職場でやり直すことは可能です。この言葉で少しでもいいブラック企業から転職をされる方が増えれば幸いです。

現在31歳の現役のサラリーマン

一流と言われる私立大学を卒業しながらも新卒の就職活動に失敗してブラック企業に入社。

入社後には尋常ではない陰湿なパワハラの被害に遭い、嫌気がさして1年弱で退社して無職に。職歴のブランクあり、スキル無し、コネなしという状況で就職先が見つからず、スキルを身に付けるべくベンチャー企業(実態はスーパーブラック企業)にアルバイトとして入社。

2社目のベンチャー企業という異名を持つブラック企業はパワハラはないものの、激務・薄給(時給換算で500円以下)と典型的なブラック企業でしたが、その会社でWEB制作の技術を学び、その経験から現在の会社(非ブラックな中小企業)に引き抜かれました。

これまでの経験からブラック企業の実態、転職活動のコツ、無職並びにフリーターの就職活動周りに非常に精通しているので、こういった内容のコンテンツを随時配信していきます。なお、自身の過去の経験から労務問題には興味を持ち、隙間時間で社労士の資格勉強にも着手中。

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