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「地元の工場は完全なブラック企業」

きっとあなたも友人が地元の工場で働いていると知ると、「就職活動に失敗したんだな・・・」とか、「大変そう・・・」なんて一種の同情心を覚えるかもしれません。

仮に同情心を覚えなくても、「仕事大変そう」、「体壊さないでね」といった心配心を抱くかもしれません。

実はこれらはまさにその通りで、地方の工場で正社員になるというのは、今の時代ではかなりきつい労働条件を受け入れる必要があります

なぜなら、工場の正社員というのはいわゆる誰でもできる仕事とみなされているので、知的ワーカーと比較すると給与が低い傾向があるからです。

それにどの企業もコストを下げるために少ない人数で仕事を回そうとする以上、業務量が異常に多くなることも珍しくありません。

そんな町工場の実態を知って頂くためにこのページでは当サイトの管理人の知人で地元の町工場に就職をした山田という男の体験談をご紹介します。

山田が町工場に就職した理由

当時私は、公務員を目指すために公務員予備校に通っていたのですが、受験がほぼ終わる秋から、卒業の翌3月までは授業がなく暇でした。

そこで公務員試験の結果が出るまでの繋ぎとして地元の印刷業の町工場でアルバイトをしていました。

本来であれば、3月でこのバイトを終えて、4月からは公務員になる予定でしたが、なんと私自身全ての公務員試験に落ちてしまい、無職で4月を迎えることになりました。

流石に就職先がないのはやばい・・・と思い、それなりに仕事も覚え、家からも通いやすいという理由でアルバイト先の町工場の正社員になることを決めました。

残業時間はなんと月110時間

自宅から会社までは、自転車で10分ほどだったので、通勤に苦労をすることはありませんでした。

就業規則では『8:30〜17:00』となっていますが、印刷業の機械はとにかく汚れるので、前日の汚れを掃除するために8:00には出勤して、業務前のメンテナンスをすることが日課となっていました。

しかし、先輩の営業マンから『自分の身のまわりの掃除だけでいいのか?、会社前の掃除もやれ』との注文がはいり、7:30には出勤して、機械の掃除に加えて、会社前の掃除もすることになりました。

先輩からの命令なので、実態は業務命令ですが、会社の方針が『掃除は業務ではない』である以上、タイムカード打刻前に掃除をする事が義務となっていました。

普段の仕事ですが、力仕事で立ちっぱなしの業務を数多くこなす必要があったので、日付をまたいで仕事をする事は当たり前で、朝方まで仕事をする日さえありました。

残業時間は平均すると110時間ほどで、多い月には130時間を超えておりました。

残業手当はしっかりと支払われましたが、売り上げや実績にかかわらず『残業手当が多い従業員は、賞与でマイナス調整をする』という方針なので、残業代が多いから年収が多いというわけでもありません。

基本給に関しては7年勤めて1,500円しか上がらなかた以上、もしも残業をしなかったら、おそらくは10年経っても高卒の初任給以下だったと思います。

受注する案件は厳しいものばかり

まず、何故にそんな過度な残業や業務が発生するのか?それは熾烈な競争に加えて、極端な単価の安さに尽きます。

競争が度を過ぎていたのでしょうか?それとも営業に能力が無かったのかは正直分かりません。

ですが、価格を売りにしかできなかったので、当時の大口の取引先からの当社の評価は『自分の首を絞めてでも仕事を請け負う会社』でした。

なので、真夜中に睡魔と襲われながらの仕事や、休日返上での業務にも儲けにもならない仕事があったのは虚しい現実です。

仕事の単価も〇〇円ではなく、〇〇銭という単位の仕事の積み重ねだったので、業務数を重ねても大きな利益に繋がる事はほとんど無く、ちょっとした作業上の失敗が発生すると、その補填で利益を失いかねないというのが現状でした。

主力社員の離職と老害の発生

上記の様な劣悪な職場なので、長年勤めてきたベテランのスタッフが次々と辞職、先輩からのフォローを失った若い新人スタッフも同様に去っていきました。

そんな現状を会社側は『若者は背負っているものが無いから責任感も無い、未経験でも既婚の年長者なら責任感も強いだろう。』と結論づけました。

その上、会社の給与体系は年功序列なので、未経験で何も出来ない年長者が、キャリアを積んでいる若いスタッフよりも給与が高い現象が発生する事態が起こりました。

肝心の仕事に対する責任感と能力に関していうと、年長者はプライドだけが高いただの老害のような存在でした。

年下のベテランのスタッフに頭を下げたりする事が出来ない、新人年長者の人件費だけが膨大にかさみ、業務はさらに滞るようになりました。

こんな危機的な状況にも関わらず、会社側は『若い側が折れなければならない、キャリアが上でも年長者は敬うように』の一点張りでした。

『自分が居なくたって、会社はなんとかなる。』

上記の新人年長者の扱いに加え、過度の勤務時間について、これからの行く末が見えなくなった私は上司に相談したのですが、返ってきた言葉が『でも、それでもやらなきゃダメなんだ』でした。

それは、こんな生活が何も変わらず、これからもずっと続く事を暗示したと同時に、長らく勤めた社会人になって初めての会社と決別する事を決心させた言葉でもありました。

その会社を辞めてからの経験や出会いは、まさに目から鱗と言った感じで、今までの自分の価値観や考え、正しいと思っていた事が狭い世界の考えだと認識し、さまざまな形で新たな価値観を身につける事が出来たのはとても良かったと思います。

『自分がやらなきゃ誰がやる』と妙な使命感にがんじがらめになっていた私でしたが、同じような考えや悩みの方に伝えたい言葉があります。

それは『自分がなくても会社はなんとかなる、会社がなくても自分はなんとかなる』という言葉です。

広い視野で物事を考えて、たった一度の人生と、限りある時間と若さを決して無駄にしてほしくないと思います。

現在31歳の現役のサラリーマン

一流と言われる私立大学を卒業しながらも新卒の就職活動に失敗してブラック企業に入社。

入社後には尋常ではない陰湿なパワハラの被害に遭い、嫌気がさして1年弱で退社して無職に。職歴のブランクあり、スキル無し、コネなしという状況で就職先が見つからず、スキルを身に付けるべくベンチャー企業(実態はスーパーブラック企業)にアルバイトとして入社。

2社目のベンチャー企業という異名を持つブラック企業はパワハラはないものの、激務・薄給(時給換算で500円以下)と典型的なブラック企業でしたが、その会社でWEB制作の技術を学び、その経験から現在の会社(非ブラックな中小企業)に引き抜かれました。

これまでの経験からブラック企業の実態、転職活動のコツ、無職並びにフリーターの就職活動周りに非常に精通しているので、こういった内容のコンテンツを随時配信していきます。なお、自身の過去の経験から労務問題には興味を持ち、隙間時間で社労士の資格勉強にも着手中。

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