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わたしが勤めていた会社は、主にハーブティーや中国茶を取り扱う専門商社でした。

初めてコーポレートサイトを見たときは、中小企業でありながらも原料の輸出入から、製造、卸、企画、販売までを幅広く営む形態に感銘を受けました。本社は東京にあり、従業員は当時150名ほど。

いわゆる中堅規模の商社ですね。ちなみにこの商社の最大の特徴は同族経営という点にありました。

最初じゃそのアットホームな雰囲気に風通しの良さを感じ、最終的に入社を決めたわたしでしたが、実際自分が一社員になってみると描いていたイメージは大きく覆される結果に。

その時のお話についてこのページではご紹介します、

世にも奇妙な規則たち

入社初日のオリエンテーションで、言い渡されたいくつかの規則には衝撃を隠せませんでした。この衝撃の規則の一例についてはこれから1つずつご紹介します。

役員に挨拶は義務

挨拶を忘れ、素通りした社員を何度も目撃しましたが、みなさん役員からまくしたてられるように怒鳴られていました。

「お疲れ様です」はNG

「お疲れ様です」は役員一族の嫌いな言葉にあたるようで、口にすれば「疲れてない!改めろ!」と返されることがお約束。

ちなみに「お疲れ様です」の代わりに推奨された挨拶は「ごきげんよう」でした。

定時帰りはNG

タイムカードは、18時00分(終業時刻)の場合、原則認めない。18時01分以降を認めるという意味が分からないルールがありました。

18時00分でタイムカードを押して提出していた方がいましたが、「そんなに定時に帰りたいのか!」と差し戻されていました。

展示会には全社員が参加

食品業界の展示会があると「自分の仕事を放り出してでも手伝いにこい」というのが社長の口癖でした。

参加できなければ、参加できなかった理由を皆が納得できるように朝礼で話さなければなりませんでした。

業務に無関係な雑談の禁止

役員は社員がちゃんと仕事をしているかどうかチェックするのが大好き。日に1回は、役員がオフィス内を気の済むまでぐるぐる偵察する、通称「役員パトロール」というものもありました。

パトロールを行っていない間も、役員の耳に雑談(特に笑い声)が入れば事件。即効でお呼び出しが掛かり、社員が見ている前で怒鳴られます。

飲み会禁止

役員は社員同士が必要以上に仲良くすることが大嫌い。歓迎会、送別会などといったものからプライベートな飲み会まで全てを厳重に禁止していました。

そのため、メンバーの歓迎会や送迎会はばれないように行う必要がありました。ばれたら最低でも始末書、最悪の場合は減給が待っています。

他にも謎な規則がたくさん

6つに絞っておりますが、このような規則は他にも存在しました。知人や友人の誰に話しても「なんだその会社は!」と笑われたものです。

確かに今思えば、吹き出してしまうほどの笑い話なのですが、当時新卒だった私はこれが普通だと信じていました。今思えば世間知らずも良いとこでした。

部署の効率の悪さにドン引き

ちなみに入社してまもなく私が配属された部署はバイヤー部門でした。人員は15人あまり。管理職は次長と課長の2名でした。

彼らがいないと仕事がまわらず、他部署からも次長と課長頼りの部署と言われていました。新入社員のわたしの目にも、効率の悪い部署だということは一目瞭然でした。

突然消えた課長

そうして配属され2週間ほど経ったある日のこと、事件は起きました。出社すると課長のデスクが撤去されていたのです。

その日、始業開始と共に部内で緊急ミーティングが執り行われましたが、これといって説明はなく「○○課長は、一身上の都合により昨日付けで退社されました」と。

「え、昨日まで普通に仕事していたよね?」と思わず突っ込みたくなるほど気味の悪い状況に他の社員も困惑していました。

後々、聞いた話によれば課長は役員一族より「うちの会社のスピードについていけないのが気の毒だから、よそ探してみたら?」と自主的な退職をすすめられたようでした。

粛清が当たり前の職場

3ヶ月ほど時間をかけてマインドコントロールを行い、自主退職に持っていかせたという会社側の手法も知り、これは完全にパワーハラスメントだと思いました。

驚くべきことに、こうしたクビ切り同然のやり方で社員を追い込むブラック手法は、課長の退職騒動にはじまったことではありませんでした。

実は過去に何度も行われており、役員陣が気に入らない社員は自主退職で辞めてもらうように仕向けることがお決まりの会社だと知り、わたしは衝撃を受けました。

引継ぎという名の押し付け

課長が退職した翌日のことです。課長が抱えていた業務はすべてわたしに引き継がれることになりました。

このとき既に自分自身が抱えている業務だけでパンク状態。とても言いにくかったのですが、今の状態で全てを引き受けるのは厳しいという旨を次長に説明しました。

しかし、「僕たちが全力でサポートするから大丈夫だよ」と半ば強引に説得される始末。

もうどうにもならないと感じたわたしは引き受けざるを得ず、この日から地獄のような日々は始まったのです。

引継ぎは次長から受けました。とはいえ、次長自身も課長の業務内容を把握していないという状況で、内容は恐ろしくアバウトなもの。しかも、莫大な量の引継ぎ内容に反して具体的な説明を受けたのは、たったの半日

「とりあえず、なんとかなると思うから自分でやってみて。分からなくなったら相談して。」という言葉で引継ぎは終了。

翌日、案の定行き詰まり次長に相談をもちかけました。しかし態度は一変。「そんなの知らない。自分でやってよ。自分の仕事でしょ?」と返される結果に。

思い起こされるのは「僕たちが全力でサポートするから大丈夫」というあの言葉。なんだったのだろうかと大変困惑しましたよ。 

月130時間超えの残業

引継ぎ後、わたしの生活リズムは180度変わりました。毎日、朝6時に出社をして終電で帰宅。1時間かけて自宅と会社を行き来していた為に、朝4時起床の明け方就寝という日々。

睡眠時間は、大体2~3時間ほど。眠れず朝を迎え、そのまま出社する日も少なくなかったです。

残業手当が一部カットされる

気になったのは残業手当が適切に支給されなかったことです。当然、残業時間は月130時間でしたが、給料明細を見ると80時間という記載に。

経理は、社長の奥さんが管轄していました。言い出しにくかったのですが、見逃してもいられないので直訴したところ「最初に言ってなかったかしら?、残業時間が80時間を超えた場合カウントしないと。大体、残業する=仕事ができないってことでしょう。文句言わないで。」と一喝。

残業時間が80時間を超えた場合について説明を受けたことは一度もありませんでした。カウントされていない50時間あまりはただ働きをしていたということになります。

自分の業務プラスアルファで課長の引継ぎを担えば8時間で業務を終えるなんてまず不可能な話。たまらず、次長に相談しました。

しかし、「みんな君と同じ量の業務を引き受けてるけど何の文句も言わない。きみだけだぞ。できないなら努力しろよ。」と言って突き放してきました。

自主的な退職を促すやり方でクビを切る会社

結局、月130時間を上回る残業をするようになって半年経過した頃にわたしは体調を崩しました。日々の残業がたたってか幻聴や幻覚に悩まされるように。

そして、ついにその日はやってきたのです。自主的な退職を持ちかけられて辞めた課長のように、わたしも役員一族から頻繁に呼び出されることが増え、その度退職をすすめられように。

「ついにきたかと思いました。」

次のあてもないまま退職することに不安はありましたが、この会社にこれ以上いると殺されてしまうと思い退職を決意。退職金は出るという説明を事前に受けたのですが、結局支払われませんでした。

極めつけは、離職票の「自己都合による退職」という記載を見たとき。してやられたという思いが強く、大変な憤りを感じました。

今でもこの会社には復讐をしたいと思っておりますが、当時の私は復讐方法を知らなかったので泣き寝入りする羽目に。当時、この記事を読んでいれば・・・と今でも後悔しております。

上手に最低な会社に報復する方法

現在31歳の現役のサラリーマン

一流と言われる私立大学を卒業しながらも新卒の就職活動に失敗してブラック企業に入社。

入社後には尋常ではない陰湿なパワハラの被害に遭い、嫌気がさして1年弱で退社して無職に。職歴のブランクあり、スキル無し、コネなしという状況で就職先が見つからず、スキルを身に付けるべくベンチャー企業(実態はスーパーブラック企業)にアルバイトとして入社。

2社目のベンチャー企業という異名を持つブラック企業はパワハラはないものの、激務・薄給(時給換算で500円以下)と典型的なブラック企業でしたが、その会社でWEB制作の技術を学び、その経験から現在の会社(非ブラックな中小企業)に引き抜かれました。

これまでの経験からブラック企業の実態、転職活動のコツ、無職並びにフリーターの就職活動周りに非常に精通しているので、こういった内容のコンテンツを随時配信していきます。なお、自身の過去の経験から労務問題には興味を持ち、隙間時間で社労士の資格勉強にも着手中。

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