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私は以前、神奈川県内にあるタクシー会社にて事務職員として勤務していました。自衛隊での任期を終え転職したのがきっかけで、最初はそこのタクシー会社の社長の心意気にほれ込んで、「この会社で骨をうずめてやる」と誓っていました。

しかし、今思うとこの選択がわが人生最大の過ちであり汚点であったと思います。なぜ、汚点としか言えないかというと、タクシー業界は本当に、本当にブラックな業界だったからです。

このことをご理解頂くためにこのページでは今では「人生の汚点」としか言えない、神奈川にあるタクシー会社の事務職として働いていた時の体験談をご紹介します。

激務で社内がピリピリ

当時の私の職務は各種事務作業、乗務員さんとの対面点呼、無線オペレーター、車両の管理など多岐に渡っていました。色々なことをやるのは経験となると思っていたので、そこまで苦ではなかったのですが、事務所の空気の悪さが嫌でした。

現に当時の職場は話しかければ、「うるさい!」と言われ、空いた時間でコミュニケーションを図ろうと思えば「あんたは暇でいいですね。」などと嫌味を言われ連携が取りずらい環境でした。

なぜ、こうなってしまうのか?1か月間考察したところ大筋の事が分かってきました。

実は当時の会社は車両の任意保険の支払い料金を安く抑える為、主任さんに事故の処理の業務を与えていました。この事は業界では普通の様ですが、問題はそれに対する対価と待遇。

抱える案件は日に日に増え続ける一方で朝方から夜中まで仕事があり、サービス残業は当たり前で業務時間外こなした仕事に対し手当てや残業代は付きませんでした。しかも休憩時間も明確に定められていない為、最悪の場合、休憩時間も仮眠時間も無い日がありました。

会社の言葉で「明けも日勤のうち」という言葉があり、朝方までサービス残業をするのが当たり前だという会社の常識に対するうたい文句です。せめて休暇があればそこまでのモチベーションになるのですが休暇は存在しません。

体は大人・知能は子供

激務以上にタクシー会社の事務職員を苦しめているのがタクシーの乗務員さんとの関係です。

ご存知のとおり、この業界は会社や地域によって貧富のさが激しく、自分の担当するエリアはとても苦しい状況にありました。そのため乗務員さんとの関係はとても悪く、無断欠勤や遅刻は日常茶飯事で与えた仕事は駄々をこねドタキャンすることもありました。

この件に関して乗務員さんがいないと仕事が回らないので強く指導することができず、半ば無法地帯で「大人の幼稚園」みたいになっていました。

要する知性が子供のようなおっさんの感情マネジメントを毎日しなくてはいけなかったのです。これはストレスがたまります。

この理不尽な環境が嫌で、仕事をすぐ辞める事務員は少なくなかったですし、一定数のメンバーが心を病んでいってしまいました。

目先の利益だけを追う会社

また、とある雪の降り積った冬の時期にはこんな事がありました。

スタッドレスタイヤの数が圧倒的に足りずに乗務員さんからクレームを受け、本社に問い合わせると「スタドレスタイヤは何のためにあるかわかっているのかね?」と質問されました。

「そこで分かりません。」と答えたところ、「乗客を確保するためだから、数字をあげられる見込みがないとこには渡せないよ。」ときっぱり言われました。

安全管理の概念はどこにいってしまっているのでしょうか?これでは誰もついてこなくなるし、普通に事故が多発します。

それに当時の会社は先を見据えて先行投資をしたり、ドライバーの実力を向上させる意思は全くありませんした。これではお客さんは離れていきます。

それに車のナビに至っては古すぎてしまい、横浜のみなとみらい地区では海の上を走っている表示になってしまうありさまです。

三流の上司に嫌気が指す

ここまででも嫌気がさすのですが、最も嫌だったのが直近の上司があまりにも下劣な人だった点。

宿直続きで能ミソがとろけてしまっているのか分かりませんが、とにかくぶっ飛んでいました。彼の仰天エピソードはいくつもありますが、ここでは代表的なものをいくつかご紹介します。

お客さまからの電話を取らずに永遠とシュレッダーをかけており、電話が繋がらないと顧客からクレームが多発。それに私は追われました。

しかも不手際が起こった際の対応も遅く、お得意様への謝罪や本社に送る顛末書などすべて自分が代わりに行っていました。

最悪だったのはお客さんが直接営業所にクレームを伝えに乗り込んできた時には自分の背中に隠れる始末。こんな判断能力や行動力のない人が自分よりも多額なお給料を貰っているかと思うとやるせなくなってしまいます

せめて他に希望が持てる人がいればよかったのですが似たりよったりでした。

それでも職務に真面目に取り組もうと思い誠実に仕事をこなしていると直属の上司よりも立場が上の人、営業所の所長や乗務員さの支部長に認めてもらえるようになり、少しは希望を持てるようになりました。

しかし、こうなってくると直属の上司達は面白くない様で、自分がこなしている仕事を仕上げのところで持っていき、自分の功績にするようになりました。まさに仕事の横取り。

しかも大きな仕事を任されている時には邪魔をする様に雑用を押し付けてきて、自分は業務をさぼってスマホゲームに熱狂。

そのうえこちらが少しでもミスをすると、「ここぞ!」とばかりに上げ足を取ってくる。私が辞める時期の直前にはスエットで出勤し何もしなくなる始末。もうゲスの極みです。

ストレスでパニック障害に

それでもめげずに頑張っていたのですが入社3年目の時に心と体のバランスを崩してしまいパニック障害という病気をわずらってしまいました。

この病気は閉鎖的な空間や自由が利かない状況で心拍数が上昇しムネがドキドキしたり、多量な発汗、めまい、立ち眩みなどがおこる病気です。それでも薬を飲みながら必死に立てなおそうと努力し、入社して3年が経過した時点で転職しました。

転職先に移ったところ、パニック障害の症状はぴたっと治まりました。今思えば、それだけあの会社の事を私は嫌っていたのでしょうね。

私の話はこのくらいにして置き、皆さんも少しでも「おかしいな・・・」と思うことがあったら手遅れになる前に労基や家族に相談して適切な判断を仰いでください。その勇気があなたの人生を大きく変えます。

逆に我慢をすると、人生の貴重な時間を無駄にするだけではなく、パニック障害やうつ病と言った心の病にかかる恐れがあります。

こういった症状を一度患うとその後の人生がおかしくなるので、心身に異変を感じたら今の仕事場から逃げることをおすすめします。

これにて私のブラック企業での勤務体験談は終わりです。最後にブラック企業の被害に遭った時に利用しておきたい相談先をまとめたページをご紹介しますので、ぜひ目を通してくださいね。

職場の悩みの相談先一覧

現在31歳の現役のサラリーマン

一流と言われる私立大学を卒業しながらも新卒の就職活動に失敗してブラック企業に入社。

入社後には尋常ではない陰湿なパワハラの被害に遭い、嫌気がさして1年弱で退社して無職に。職歴のブランクあり、スキル無し、コネなしという状況で就職先が見つからず、スキルを身に付けるべくベンチャー企業(実態はスーパーブラック企業)にアルバイトとして入社。

2社目のベンチャー企業という異名を持つブラック企業はパワハラはないものの、激務・薄給(時給換算で500円以下)と典型的なブラック企業でしたが、その会社でWEB制作の技術を学び、その経験から現在の会社(非ブラックな中小企業)に引き抜かれました。

これまでの経験からブラック企業の実態、転職活動のコツ、無職並びにフリーターの就職活動周りに非常に精通しているので、こういった内容のコンテンツを随時配信していきます。なお、自身の過去の経験から労務問題には興味を持ち、隙間時間で社労士の資格勉強にも着手中。

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