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「ブラック企業は超激務」

若者を食い物にするブラック企業。この悪徳な会社は社員を長時間拘束し、半強制的に長時間労働を課します。

長時間労働を課された社員の末路は悲惨です。体と心がズタズタになって会社を追い出されるだけならラッキーで、場合によっては激務と上司からのプレッシャーによって「うつ病」や「自殺」に追い込まれることもしばしば。

「激務やプレッシャーでうつ病、自殺」と聞くと大げさのように思うかもしれませんが、実はこれは他人事ではありません。

現に管理人の高校時代の友人はブラック企業に入社し、激務とストレスから「うつ病」に追い込まれ、現在自宅で療養中です。

このページでは彼の許可を頂き、彼が働いていたブラック企業の「ブラックぶり」と彼が心の病にまで追い込まれた経緯を語ってもらいました。これから紹介する彼の体験談に目を通せばブラック企業で勤務するとどんな末路を迎えるのかが分かります

入社を決めた経緯

私は大学を中退し、学歴不問でチャレンジ出来る企業を探して就職活動をしておりました。その中で、法人向けの定額制の刷り放題プリントサービスを目玉としたベンチャー企業に巡り合いました。

その会社に興味を持ち、面接を受けたところ、最終面談で役員の方に「是非ともウチで働いてほしい」といわれ、非常にうれしかったです。自分のことを必要としてくれるこの会社に貢献したいと思い、就職を決めました。

担当はNHKの営業代行

プリンターサービスに興味をもって入社をしたのですが、担当することになる業務はNHKの受信契約のお願いを個々のお宅に訪問して契約を頂く業務でした。

上司曰く、最初は法人向けサービスをやるための営業力を個人宅にお邪魔してつけてから法人サービスの方に行ってもらう、というものでした。これには初めは驚きましたが、上司の説明というか説得に泣く泣く納得し、研修を受けていきました。

入社が決まり一通りビジネスマナー研修等を終えると、待っていたのはNHKの受信契約時の「セリフ覚え」と「機材操作の練習」でした。

「セリフ覚え」は門外不出のものだそうで、まずノートにセリフを3日間かけて書きました。

その後は書きあげたセリフをオフィスの壁や窓に向かって昼の12時から夜中の24時半頃までひたすら読み上げる練習を続けていました。

練習も本番も非常に激務

そしてセリフを覚えると、いよいよ上司と実戦練習が始まり、上司がお客様役になり、自分が上司を説得する練習をしました。

上司の実戦練習はその上司が体験してきたお客様の様に振舞うので、とても実践的で且つ辛辣な言葉をかけられることもありました。

訓練では辛辣な言葉やNHKに対する批判をどれほど言われても引き下がることなく、記名と印鑑を押してもらうシミュレーションを何度も繰り返しました。

そしていよいよセリフも機材の操作も覚えた1か月後、あるエリアを任されました。その後上記と同じように、昼の12時から夜の11半頃までお客様のお宅に訪問し、24時頃に帰社し、その日預かった受信料の清算をします。

そしてそれが終わると、その日の業務日報を書き、機材にレポートを残して1日の業務が終わるというものでした。結果として帰宅するのは25時頃という日常を過ごしておりました。

給与も仕事もひどい

上記の様に私は長時間労働を強いられましたが、基本給は低くほぼ歩合制でした。つまりどれだけ契約を取って来られたかで1か月の給与が変わってきました。

契約が取れないと1か月の手取りは10万未満になるときもありました。また休日は月に5日~6日。加えて休みの日には同僚と出かけるので、全く仕事の事を忘れるという事が出来ない毎日でした。

そしてなによりもお客様の在宅している可能性が高い、夕方から夜にかけてお宅にお邪魔することが多く、「なんでこの時間に来るのだ」と激怒されたり、警察沙汰になりそうになることもありました。

その中で私たちは「放送法」を盾に何とか強引に契約をさせる業務を行っており、初めは罪悪感でいっぱいでした。現に業務が始まってからの最初の一ケ月は罪悪感で毎日苦しんでいました。

しかしそれも徐々に慣れてその罪悪感さえなくなっていきました。そんな事が当たり前の職場なので、善悪の区別が徐々にわからなくなってきました。

新人寮の待遇は最悪

新人や若手は半強制的に寮への入居が求められました。その寮は一軒家なのですが、一軒家に8人が同居しており、プライベートは一切ない状態でした。

朝起きれば隣に同僚が寝ている状況でもちろん、風呂・トイレは共同。安らぐ時間というのは皆無に近いものがありました。

都内なら仕方のない事なのでしょうが、この状況で寮費を3万円差し引かれ、光熱費や寮のトイレットペーパー等の生活必需品は8人で折半でした。食費は別途自分たちで負担する必要があったので、毎月の資金はカツカツでした。

ストレスでおかしくなる

会社は始業する際に必ず円陣を組んで大声を出し合う恒例の気合入れのようなものがありました。まさにゴリゴリの体育会系の企業で、元気がないときは気合で何とかしようという社風でした。

正直これにはついていけませんでした。毎日、毎日、周りのテンションに合わせるのに疲れておりました。その結果としてある出勤日に限界が来ました。

なんと、朝起き上がると吐き気と下痢が止まらず頭はフラフラになり、そのまま布団に戻ることも出来ずにトイレに倒れこんでしまっていました。過労で身体も悲鳴をあげていました。

私はその日、「このままでは死んでしまう・・・・」と思い、会社に無断で父親の単身赴任先が近くにあったのでそこで療養することにしました。

すると、会社からは「なぜ父親のところへ行かなければならないのか」、「お前は責任感がない」と理不尽なことを言われました。それが私のメンタルが決壊する決定打になりました。

父に連れらえて退職を決意

それを見かねた父親が自分を連れて会社に行き退職の意を伝えました。自分の力だけではもうその上司とは話せない状態だったのです。

心も体もズタズタになったので、私は精神科に通うようになり、うつ病の診断を受けました

業務を行っているときは感覚が麻痺して感じていなかったのですが、必要以上に自分を責めて何とか結果を出そうと常に「120%のエネルギー」を出していたことによる、燃え尽きだと医師から言われました。

その後、私は親にこれ以上迷惑はかけられないと次の転職先を見つけ出そうと思いましたが、求人サイトを見るたびに「また上司に怒られたら」と思うと、手の震えが止まらない状態になります

その結果、面接になかなか行くことができず、現在は在宅ワークで仕事に取り組むことにしました。今もまだ組織で働くのは怖いので、当面は在宅で稼ぎながら「すこやかに働ける職場」を探そうと思っております。

現在31歳の現役のサラリーマン

一流と言われる私立大学を卒業しながらも新卒の就職活動に失敗してブラック企業に入社。

入社後には尋常ではない陰湿なパワハラの被害に遭い、嫌気がさして1年弱で退社して無職に。職歴のブランクあり、スキル無し、コネなしという状況で就職先が見つからず、スキルを身に付けるべくベンチャー企業(実態はスーパーブラック企業)にアルバイトとして入社。

2社目のベンチャー企業という異名を持つブラック企業はパワハラはないものの、激務・薄給(時給換算で500円以下)と典型的なブラック企業でしたが、その会社でWEB制作の技術を学び、その経験から現在の会社(非ブラックな中小企業)に引き抜かれました。

これまでの経験からブラック企業の実態、転職活動のコツ、無職並びにフリーターの就職活動周りに非常に精通しているので、こういった内容のコンテンツを随時配信していきます。なお、自身の過去の経験から労務問題には興味を持ち、隙間時間で社労士の資格勉強にも着手中。

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