Pocket

私は現在30代後半ですが、20代の時に一度過労死になりかけました。その時のエピソードについて今回はご紹介します。

実は当事の私は、ある程度自営で生計を立てていたので特に就職をする必要はありませんでした。正直な話、自分が食べていくくらいは問題なくできていたのです。

しかし、しっかりした相手と交際して欲しいという彼女側のご両親のご期待に沿う為、中途正社員登用枠があるという某飲食店チェーン店にまずはアルバイトとして入りました。

最初は彼女のご両親を安心させることを目標に意気揚々としておりました。それに勤務する会社は国内に400店舗以上のお店がある大きな会社なので、さぞやしっかりしている会社なのだろうという淡い期待もありました。

しかし、それらは実際に仕事が始まってからもろくも崩れ落ちました

入店決まりまして初めての印象。

教育内容がどう、経営理念がどう、そのような事の前に、なんだ?この正社員達の異様なオーラは…?

疲れ果てた顔、目の下のくま。このような空気で良い接客は出来るものなのか??そして、店内はたったこれだけの人数で回しているのか??

まだまともだった私は、異様な感覚に襲われました

定時帰りが許されない

実は当時の会社ではサービス残業が当たり前でした。

それに会社のためにサービスを残業しない人間はダメな人と見る風習がありました。現にある日どうしても外せない用事があった為、2日も前に事前に断り、シフト完了時にも念をおして断って帰る場面がありました。

その時は本当に修羅場でした。簡単に温度感を再生するとこんな感じです。

私:『お先致します』

社員:『お疲れ様でした!怒』

バイト:『いらっしゃいませぇぇぇ怒』

後日談:『○○さん、こんな大変なのに帰ったらしいよ?』

私は何か悪いことをしたでしょうか?落ち度があれば謝りますが、どう考えてもないです。しかし、社内が険悪になっていたので、後日、申し訳ございませんでしたと謝罪を入れることになりました。

サービス残業=正義の職場

私は詫びを入れましたが、お店の社員の方は定時帰りをする人が増えないように店内に警報を出しました。その警報の内容はこちらの通りです。

『定時で上がる権利はある。だけど、権利ばかり主張し義務を果たしてない凡人のやることだ。そして仕事が終わらないのは、能力が無い証拠』

はい。完全な暴論です。しかもこれは私が定時で帰った日の3日後に言われた言葉なので、私が仕事を舐めてるし、能力が無いと言われている気がしました。

今なら洗脳と分かりますが、当時の私はそれが分かりませんでした。その結果、完全に会社側にとって都合の良い駒になってしまいました。

しかも社員の鶴の一声により、店全体でサービス残業をするほど会社に貢献しており、偉い、という風潮が出来上がっていきます。

その風潮に乗り、サービス残業を積み重ねた結果私はその会社では異例と言われるスピードだったらしいのですが、チーフ、採用試験突破から社員、副店長へと昇格していきました。

それはめでたい事だったのかもしれませんが…結局最終的な決め手は【誰よりも文句を言わずサービス残業をした事】だったのではないかと今は思います。

感覚がくるってくる

その頃になると、まともな感覚も無くなりそうです。そうなると、(僕はどうなってもいいので、僕の部下には僕が嫌だったことをしないであげよう)という謎な正義感が出てきました。

そのためにもなるべくアルバイトは定時で帰すようになりました。これは一見素晴らしいのですが、間違った自己犠牲心、回らない職場。

何も終わらないため、20時間に迫る労働時間、サービス残業200時間オーバー。月の休みは2回程度であり、人が足りないとヘルプのために出社。現に出社をしないと余計な人件費がかかったと叱責が待っています。

私より学歴が良く、仕事も出来ると思っていたのに辞めていく同期。この異常なノルマ設定自体が問題であり、優秀な人材ほど見限っています。

久しぶりに彼女の両親に会う

正社員と役職の座を手に入れたある日、私は二年ぶりに彼女と一緒に彼女のご両親にご挨拶に行きます。私は正社員という称号があるので、認めてもらえると意気揚々としていました。

しかし、当時の私の姿は非常に印象が悪かったようです。現に彼女のご両親は、彼女にこんなことを言っていたそうです。

『○○君の目が、最初会った時と全然違う。いや、うつろだという意味でな。何か大変な無理をしているのではないか??自営業をしっかりしていないと表現してしまい、悪かった。その仕事を辞めさせたほうがいい。』

こんな風に当時の私はサラリーマン志向の彼女の両親に「辞めた方が良い」と言われるくらい疲れていたようです。

限界まで働いてうつ病に

お気持ちはありがたかったのですが、もう頭が会社のしきたり、ノルマで凝り固まっており、自分は根性のある人種でそれ以外は凡人だと疑わず、辞めませんでした。

これも職場の人間と後日会った時に初めて聞いたのですが、その頃から私はとうとうおかしくなっていったそうです。

顔の筋肉を上に上げただけで作られるメカのような笑顔、何か聞かれないと、自分から一言もしゃべらない日々

完全に壊れていますよね。そうです、言ってしまえば当時の私は激務の結果、知らず知らずにうつ病になっていたのです。

限界がきて退職に

そんな私はどうやってその職場を辞めたかといいますと、はい。もちろんドクターストップでした。しかしドクターストップを食らった当時はまだ洗脳が解けておらず、心の病で辞めるという事は悪いことだと思っていました

退社から3年後に飲食チェーンの過労死は社会問題になり、この会社もホワイト企業化が進んだようでした。現に1分単位で人件費をつけることをはじめとした職場環境の大幅な見直しがなされていきました。

現在は退職から12年が経ち、心の傷も癒えたところで今の嫁が食べたいというので、半ばトラウマと化していたそのチェーン店に食事に行きました。

すると、十分な従業員人数、社員もアルバイトも、笑顔があふれるお店となっていました。ああ、良かったね皆さん。是非整った環境で収入を得て、独立やパート、学業をがんばって下さいね。

ちなみに私は当時の会社のあらゆる反面教師を糧に、小規模ながら現在は自営で飲食店を経営しております。その会社で経験した事と、全て逆のことを行い、笑顔があふれる会社を作るために日々邁進しております。

最後にこのページに目を通された方に人気がある記事を2つ紹介してこのページを終えようと思います。

過剰なサービス残業の体験記
ブラック企業の告発先

現在31歳の現役のサラリーマン

一流と言われる私立大学を卒業しながらも新卒の就職活動に失敗してブラック企業に入社。

入社後には尋常ではない陰湿なパワハラの被害に遭い、嫌気がさして1年弱で退社して無職に。職歴のブランクあり、スキル無し、コネなしという状況で就職先が見つからず、スキルを身に付けるべくベンチャー企業(実態はスーパーブラック企業)にアルバイトとして入社。

2社目のベンチャー企業という異名を持つブラック企業はパワハラはないものの、激務・薄給(時給換算で500円以下)と典型的なブラック企業でしたが、その会社でWEB制作の技術を学び、その経験から現在の会社(非ブラックな中小企業)に引き抜かれました。

これまでの経験からブラック企業の実態、転職活動のコツ、無職並びにフリーターの就職活動周りに非常に精通しているので、こういった内容のコンテンツを随時配信していきます。なお、自身の過去の経験から労務問題には興味を持ち、隙間時間で社労士の資格勉強にも着手中。

コメントを残す

名前 *
メールアドレス *
サイト

CAPTCHA